懐かしの中華商場~ドラマ「歩道橋の魔術師」

今はなき「中華商場」についてのこんな報道がありました。

台湾の小説家・呉明益氏の同名小説 『天橋上的魔術師(邦訳:歩道橋の魔術師)』のドラマ化を手掛ける台湾の公共テレビ、公視(PTS)はこのほど、ロケセットの設営やドラマの各シーンなどをまとめた宣伝用予告映像を公​​開した。ドラマは2021年夏の公開を予定している。 ドラマ 『天橋上的魔術師』は、台湾北部・台北市にかつてあった1980年代の中華商場の歩道橋を舞台にした、9人の子供たちと不思議な「魔術師(マジシャン)」を描いた物語。

物語の舞台となる「中華商場」とは、1961年から1992年までの30年間に渡って台北市民の商業生活の中心だった場所です。


【天橋上的魔術師】 首發前導預告釋出 !(邦訳:歩道橋の魔術師)予告編

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セットの前で記念撮影する楊雅喆 監督(中)、美術指導の王誌成氏(右)、同作を製作する公共テレビ(公視)の曹文傑総経理(左)

このドラマが制作されるとの発表を知った時、わあ、懐かしいな~!と思いました。私が初めて台湾を訪れたとき(1980年代)まだ健在でとても賑わっていました。ここで買い物をしたりご飯を食べたり、お土産物を買ったりしました。その後何回も台湾に行くたび、このあたりをうろうろして過ごした思い出があります。

だからこのドラマ、なんとか見てみたいものです。

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1967年ころ まだ歩道橋が出来る前です

台北駅から萬華に伸びる、台北のメインストリートである中華路。その路に沿って、3階建ての商業ビルが延々と約2キロに渡って続く・・それが中華商場でした。

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1989年ごろ・・・この3年後には全て取り壊されました。

現在の「西門町」はこの商場のほぼ真ん中にありました。初めて行った時、あまりの人の多さに驚き、また無秩序に並ぶ雑多の店にも驚いた記憶があります。でもこの「如何にも台湾」と呼ぶにふさわしい商場が無くなってしまった今。無性に懐かしさがこみ上がってきます。

一介の観光客の私でも懐かしいのです、ましてや台湾の人にとっては郷愁どころではないもっと深い想いがあることでしょう。

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1970年ごろ 写真左のあたりが現在の西門町です

当時また鉄道の地下化が始まっていなくて、このビルの裏手に沿って鉄道が通っていたので、踏切を渡る危険を避けるため、各ビルを繋ぐ歩道橋がありました。このビルの一階にあった美味しい中華レストランで食事していたら、すぐそばをジーゼル列車が轟音を上げて通り過ぎるので驚いたことが何度もありました。

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これより以下の写真は私が当時撮ったものです。今のようにデジカメじゃないので貴重なフィルムを惜しむためあまり撮らなかったことが悔やまれます。でも雰囲気は分かっていただけると思います。

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写真の右手の方角が西門町

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写真の前方へ行くと萬華方面

この商場の道路を隔てた向かいには第一公司デパートや映画館、歌庁(歌劇場)などが並び、それはそれは賑やかでした。今の台湾の賑わいの比ではありません。

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中華商場の後ろに広がる西門町の映画館街

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中華商場の向かいにあった映画館ビル(エクソシスト2)の看板が見えます

各棟には「忠、孝、仁、愛、信、義、和、平」と8つの名称がついていました。いかにも台湾的ですね。

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現在の中華路のあたり

現在は鉄道が地下化されたので、広々とした道路に行儀よく車が行き交っていますが、以前は鉄道、バイク、タクシー、バス、トラック、自家用車などが入り乱れてラッシュ時は必ず大渋滞でした。

当時、台北駅前のビルに勤めていた私は何度、遅刻したことか・・・。でも今になれば懐かしい思い出です!

中華商場の歴史を10分で紹介している動画がありました。これを見ると、いかに台湾の人々に愛されていたところか、がよく分かります。

【中華商場の盛衰 1961年~1992年】

中華商場的興衰 (1961-1992) 2017新聲版

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