巨星墜つ!台湾民主化の父・李登輝元総統 逝去

先ほど、台湾で臨時ニュースがあり「台湾の李登輝元総統」が 逝去されたことを知りました。

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台湾のテレビニュース
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今年の2月8日に誤飲性肺炎で入院されていたことを知っていましたので、台湾の人々は心配していましたが、昨日、危篤に陥って、李総統の親族や、台湾の蔡英文総統、副総統、行政院長などが相次いで、面会に訪れたことが報道されていたので、この日が近いだろうと台湾の国民も覚悟していたことでしょう。


台湾の李登輝元総統 逝去のニュース

李登輝元総統の経歴:
(台北中央社)親日家として知られる李登輝元総統が30日夜、敗血症性ショックや多臓器不全のため台北市内の病院で死去した。97歳だった。日本統治時代の1923年に台北州淡水郡三芝庄(現在の新北市三芝区)に生まれた李氏。皇民化政策の一環として展開された改姓名運動に従い、岩里政男と日本名を名乗った。「22歳までは日本人だった」と公言するなど、日本とのゆかりは深い。
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2005年関西空港にて
▽農業経済学者から政治家に転身
李氏は高校の時、台北の図書館で農業経済学者である新渡戸稲造の著書に出会ったのがきっかけで、農業経済学を学ぶようになる。後に武士道に心を打たれ1943年に京都帝国大に入学した。だが、学徒出陣のため1年余りで学業を切り上げ、志願で旧日本陸軍に入隊し、被爆地の整理、被災者の救済に当たった。現場を見て指揮する大切さを学んだという。戦後、故郷の台湾へ戻り、米国留学を経て台北市長、台湾省政府主席、副総統、総統を歴任。総統在任(1988~2000年)中、1949年に中華民国政府が台湾に移転してから一度も改選されることなく「万年国会」と揶揄(やゆ)された国民大会の代表の退職や総統の直接選挙の実施など、台湾の民主化に力を尽くした。その功績で「台湾の民主化の父」と呼ばれ、その政権運営は世界からも高く評価されている。


副総統を務めていた1988年、蒋経国総統の死去により台湾出身者として初めて総統に就任しました。

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2000年5月、台湾総統陳水扁氏(右)と李登輝前総統

しかし、その歩みは険しいもので、国民党内部の強烈な反発もあり、なかなか進まなかった民主化を命がけで成し遂げた、その手腕と豪胆な精神は超人的なものでした。

中国の歴史始まって以来の、民主選挙も実施し、その成果をもって憲法改正も行い、史上初の総統直接選挙(1996年)でも当選して続投を決め、2000年に退任するまで12年にわたり総統を務めたのです。

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現在の民主化された台湾の礎を築いた功績は非常に大きいものです。米ニューズウィーク誌から「ミスター・デモクラシー」と称されたほどです。

完全なる民主化に成功した台湾を見ながら亡くなった元総統は、まだ台湾の独立を目にしてないので心残りだったことでしょうが、彼の教え子である現在の蔡英文総統をはじめ多くの人材が育っているので、近いうちにその願いを叶えてくれることでしょう。

数ある、李登輝元総統逝去に関する解説で最も心に響いたのが、下記のものです。どうぞ最後までご覧ください。


中国から台湾を守った男李登輝総統逝去【及川幸久−BREAKING−】
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参考資料:台湾の放送局で放送された「李登輝-伝」
全編:中国語、台湾語のみですが詳しく描かれています、字幕がありますので中国語を学習されている方に見ていただきたく思い、掲載しました。私も知らないことが多くありました。

【台灣演義】李登輝傳 | Taiwan History 2020/07/29



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