台湾・日本統治時代の地名、今も・・・

台湾を旅行すると、あれっ!日本にもこの地名、あったな?と思うことが度々ありますね。

この度、台湾の教育部(文部省)が「日本統治時代の1920(大正9)年に行われた地方制度の改正に伴い命名され、現在まで残っている地名を8日にフェイスブックで紹介しました。」

台湾のご老人は昔ながらの地名なのでなじみは深いでしょうが、若い人はひょっとして名前の由来を知らなくて使っていたかも知れませんね。

今回そんな地名の一部をご紹介しましょう。下の台湾の地図でその地域が示してあるのでご参照ください。

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*文部省は、台湾の上位10の地名の起源をグラフィック形式で紹介しました(教育省のFacebookから)

「板橋」北部に川が流れる「板橋」(現新北市板橋区)は木の板で造られた橋が掛けられていたことから台湾語で「枋橋」と呼ばれていました。これが日本統治時代に「板橋」に改められたということです。
今や、台北に次ぐ副都心と言われるほど発展している街です。

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日台共同制作ドラマ「路」ルウ~の最後のシーンは板橋駅で撮られました。

「関西」(現新竹県関西鎮)一帯は、元は客家の人が好んで食べる酸菜(鹹菜)にちなんだ名前で呼ばれていましたが、酸菜の客家語の発音が日本語の「関西」に近いことからこの名が付けられました。

「松山」(現台北市松山区)は、原名「錫口」(シコウ)日本の愛媛県の松山と景色が似ていたためだといいます。

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松山にある慈祐宮 での東京高円寺阿波踊り 2019年4月

「清水」の元の名前は「牛罵頭」で、プーラ族の音訳から取られました。1920年に、山の麓にある澄んだ湧き水から名前が変更されました。

「竹山」の元々の名前は「林圯埔」で、鄭成功の武将の名に由来し、1920年には周囲に密集した竹林があることから改名されました。

「民雄」ミンシオンの元々の名前は「打貓」ターミヤオでした。これは、日本語の「タミオ」の発音に似ているので、その名前が変更されました。

「玉井」元の名前は「大武壠」ダウロン族の地名で、日本語の漢字「玉井」の発音に似た名前に変更されました。

「高雄」(現高雄市)は先住民の言葉に漢字を当てた「打狗 (ターカオ)」が使われていましたが、読みが京都の「高雄」に近いとして採用されました。台湾で第二の都市と言われる港町です。

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高雄市の風景

「鹿野」は原名「鹿寮」(ルーリャオ)でしたが、日本人はこの地域に移民の村を作り、新潟県の鹿野の農民を移住させたので、「鹿野」に変えました。

「瑞穗」はアミ族の広大な平原を意味する「ココクボ」はまたは水尾を「みずお」とも呼び、日本人は「みずお」に近い「みずほ」と改名しました。

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花蓮県 瑞穂農園

「萬華」はもともと「艋舺(バンカ)」と呼ばれ、閩南語の発音に近い「ばんか」としました。また「西門町」も同じです。

このように、現代でも日本時代の地名が残っていて親しまれています。
以前、台湾の友人の結婚式に呼ばれた田舎は「田中」という地名でしたし、「岡山」というところにも行った記憶があります。

まだ探せばあると思うのですが、また機会があれば調べてお知らせしたいと思います。

ご注意:漢字の地名は今では全て中国読みになっています。(例えば、板橋はバンチャオ、清水はチンシュイなどです)
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